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つのだじろう
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 つのだ じろう 本名 角田 次朗 生誕 1936年7月3日(72歳)(現・東京都台東区) 国籍 日本 職業 漫画家 活動期間 1955年 - ジャンル 少年漫画、青年漫画 代表作 『空手バカ一代』
『うしろの百太郎』 受賞 第2回講談社児童まんが賞
(『ばら色の海』) ウィキポータル 漫画作品(日本) 漫画家(日本) 漫画原作者 漫画雑誌 カテゴリ 漫画作品 漫画 - 漫画家 プロジェクト 漫画作品 - 漫画家 漫画雑誌(草案)
つのだ じろう(本名、角田次朗(つのだ じろう)、男性、1936年7月3日 - )は、日本の漫画家、心霊研究家。東京府東京市下谷区豊住町(現在の東京都台東区下谷1丁目)出身。血液型O型。つのだたかし(リュート奏者)、つのだ☆ひろ(ミュージシャン)の兄。ビトウゴウ(漫画原作者・ゲームクリエイター)の父。
目次
1 人物 2 略歴 3 作品リスト 4 逸話 4.1 梶原一騎との確執 5 アシスタント 6 関連 7 脚注東京都立青山高等学校卒業。高校在学中に漫画家の島田啓三に師事し、昭和30年(1955年)、『漫画少年』に「新桃太郎」が掲載され漫画家デビュー。この作品はわずか3ページほどの短編であるが、師である島田から何度も書き直しを命じられ、苦心の末投稿を許されて掲載されたものだという。
やがてその繋がりで新漫画党に入党。豊島区のトキワ荘に通う事になる。当時は生真面目な青年で、トキワ荘仲間(新漫画党)の活動のいい加減さに激怒し抗議文を書いて飛び出すが、戻ってきた時に彼らの漫画に対する情熱を目の当たりにし、藤子不二雄(藤本弘)からもたしなめられ、それからというものトキワ荘一の道楽主義になる、というエピソードは語り草となった。(藤本曰く、「クソマジメの典型のような奴だったが、マジメが消えたらクソしか残らなかった」)
デビューから3年後にUFOを目撃し、趣味でオカルトを研究。日本の心霊研究の第一人者となる。
「恐怖マンガとしての表現」の範囲でエンターテインメント性を重視し、心霊研究に関しては、単なる興味本位の「心霊スポット巡り」や「狐狢狸(こっくり)さん」といった、霊を弄ぶような行為に警鐘を鳴らし続けた。「先祖などを大切にする」「より正しい死後の霊界」といった内容を漫画作品や執筆、時には出演したTV番組や講演などで常に訴え続けてきた。また「超能力・霊能力」の実証研究や分析もしている。
将棋アマ五段、スキー1級、書道三段、催眠、空手、剣道など多趣味で知られている。特に将棋については『5五の龍』他の作品にみられるとおり造詣が深いが、プロ棋士等とのトラブルも時折噂されることがある。
1955年 - 『漫画少年』に「新桃太郎」でデビュー。新漫画党に入党し、トキワ荘グループの一員となる。 1958年 - 月刊漫画誌『りぼん』(集英社)に連載された「ルミちゃん教室」が人気を博す。 1961年 - 少年・少女・青年誌などに話題作を発表し続け「第2回講談社漫画賞」を受賞。 1963年 - 石森章太郎、鈴木伸一、藤子不二雄らと共にアニメ製作会社スタジオ・ゼロを設立する。 1971年 - スタジオ・ゼロ解散。 1971年 - 『週刊少年マガジン』(講談社)に掲載された「空手バカ一代」が人気を博し、のちにテレビアニメも製作された。 1973年 - 『週刊少年マガジン』誌上で「うしろの百太郎」、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)誌上で「恐怖新聞」をそれぞれ連載し、好評を博す。以後、心霊研究家としても活躍するようになる。 ブラック団(1964年、週刊少年サンデー、小学館) 虹を呼ぶ拳(1969年 - 1971年、冒険王、秋田書店) 空手バカ一代(1971年 - 1973年、週刊少年マガジン、講談社) うしろの百太郎(1973年 - 1976年、週刊少年マガジン) 亡霊学級(1973年、週刊少年チャンピオン) 恐怖新聞(1973年 - 1976年、週刊少年チャンピオン) 5五の龍(1978年 - 1980年、週刊少年キング) 新うしろの百太郎(週刊少年マガジン、講談社) 学園七不思議(1986年 - 1989年、サスペリア、秋田書店、TVアニメ「ハイスクールミステリー学園七不思議」の原作) 恐怖新聞II(1990年〜1993年、サスペリア) うしろの百太郎 平成版 恐怖新聞 平成版他、短編など多数。
『進ぬ!電波少年』のコーナー「電波少年的○○人を笑わしに行こう」にネタを投稿し、採用されたことがある(同じネタを投稿した人が他にもいたため、テロップでは「つのだじろうさん(漫画家)ほか9名」と紹介)。 『ピュンピュン丸』はテレビアニメの主題歌も作詞したが、歌詞の内容があまりにも脳天気であったため、作曲担当の小川寛興が驚き呆れたという。 藤子不二雄の代表作のひとつである『オバケのQ太郎』は、藤子不二雄(藤本弘)の結婚披露宴においてつのだが、「彼(藤本)は、オバケなど不思議なものが大好きです」とスピーチした事が執筆のきっかけになったという。しかし、つのだ本人はそのことを憶えていない。 つのだの個人事務所は「秦(しんの)企画」というが、秦(しんの)とはつのだの父の旧姓であり、その名の由来はつのだによれば、秦の始皇帝の末裔だからだという。 『恐怖新聞』第13話「笑う骸骨」には、嫌われ者の粗暴な侍として「梶川市之進」という男が登場し、梶川を見た町民は「かかわりあいになるな! うかつにさわると首がとぶぞ!!」と逃げまわるシーンがある(言うまでもなく「梶川市之進」の名は梶原一騎の名前をもじったものである)。 かつて自身の公式サイトで『空手バカ一代』について触れ、「いつまで経っても原作の原稿が届かない、こんな状況で仕事ができるわけないだろう!」と不満をぶちまけていたこともある(公式サイト内の該当テキストは既に削除)。 芳谷圭児 制野秀一 居村眞二 スタジオ・ゼロ ^ 文字を並べ替えると「梶原一騎と真樹日佐夫は脅迫の罪を思い知れ」となる。 ^ 文字を並べ替えると「近く天罰呪いの下りを受け醜く苦しみくたばる」となる。 NewPP limit report Preprocessor node count: 1044/1000000 Post-expand include size: 14047/2048000 bytes Template argument size: 1865/2048000 bytes Expensive parser function count: 0/500 --> カテゴリ: 日本の漫画家 | 東京都出身の人物 | 1936年生 | つのだじろう | オカルト隠しカテゴリ: 漫画家に関するスタブ 表示 本文 個人用ツール ナビゲーション メインページ コミュニティ・ポータル 最近の出来事 最近更新したページ おまかせ表示 ウィキペディアに関するお問い合わせ ヘルプ ヘルプ 井戸端 お知らせ バグの報告 検索 ツールボックス リンク元 リンク先の更新状況 特別ページ 最終更新 2009年1月1日 (木) 15:23 (日時はオプションで未設定ならばUTC)。ウィキペディアについて 免責事項
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