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テレビ東京
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このタグは2007年8月に貼付されました。 株式会社テレビ東京
TV TOKYO Corporation 種類 株式会社 市場情報 東証1部 2004年8月5日上場 略称 TX 本社所在地 〒105-8012
東京都港区虎ノ門四丁目3番12号 電話番号 03-5470-7777(代表) 設立 1968年(昭和43年)7月1日
(株式会社東京十二チャンネルプロダクション) 業種 情報・通信業 事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送 代表者 菅谷定彦(代表取締役会長)
島田昌幸(代表取締役社長) 資本金 89億10百万円 売上高 連結:1,216億45百万円
単独:1,101億84百万円
(2008年3月期) 総資産 連結:789億82百万円
単独:752億63百万円
(2008年3月31日現在) 従業員数 連結:1,304人 単独:681人
(2008年3月31日現在) 決算期 3月31日 主要株主 (株)日本経済新聞社 33.34%
糸山英太郎 14.39%
日本生命保険相互会社 5.02%
(2008年3月31日現在) 主要子会社 (株)テレビ東京制作 100%
(株)テレビ東京ミュージック 100% 外部リンク 特記事項:1973年10月1日に株式会社東京12チャンネルプロダクションから株式会社東京12チャンネルに商号変更。同時に財団法人日本科学技術振興財団からテレビジョン放送事業を継承。
1981年10月1日に株式会社東京12チャンネルから株式会社テレビ東京に商号変更。
親局(アナログ放送波)の周波数帯がVHFの放送局としてはテレビ東京が日本国内で最後に開局した放送局であり、これ以降に開局した国内の民放テレビ局はすべて親局がUHF帯で放送している。
目次
1 会社概要 2 略史 3 沿革 3.1 設立前 3.2 設立後 3.3 ネットワーク構築の歴史 3.4 ネットワーク拡大構想 4 スタジオ 4.1 虎ノ門本社 4.2 天王洲スタジオ 4.3 その他 5 主なテレビ番組 6 テレビ東京が得意とされる分野 6.1 バラエティ番組 6.2 報道番組(経済・企業情勢) 6.3 アニメ番組 6.3.1 深夜アニメ 6.3.2 特撮 6.3.3 あにてれ 6.4 旅番組・グルメ番組 6.5 隅田川花火大会 6.6 音楽番組 6.6.1 “演歌のテレ東” 6.6.2 その他 7 テレビ東京が不得意とされる分野 7.1 ワイドショー 7.2 過去映像の処遇 7.3 地方局参加番組 7.4 ドラマ 7.5 若い女性向けの番組 7.6 平和関係番組 8 報道(緊急放送) 8.1 特別番組に切り替えず、通常番組を放送した事例 8.2 特別放送を実施した例 9 スポーツ中継 9.1 プロ野球中継 9.1.1 全日放送再開時→『戦国ナイター』 9.1.2 日本シリーズ中継 9.1.3 29年ぶりの日本シリーズ 9.1.4 29年ぶりの巨人戦中継 9.2 サッカー中継 9.3 格闘技中継 9.4 その他のスポーツ中継 10 テレビ東京の不祥事・事件・トラブル 11 テレビ東京の問題点 11.1 日本経済新聞の支配 11.2 ニュース系列の弱さ 11.3 恣意的な表現規制 11.4 視聴者のマイナスイメージ 12 テレビの時刻表示・天気ループ 12.1 時刻表示 12.2 天気ループ 13 オープニング・クロージング 14 キャッチフレーズ 15 アナウンサー 16 元・アナウンサー 16.1 他部署に移動したアナウンサー 16.2 退社したアナウンサー 17 おもな在籍社員 17.1 現在 17.2 過去 18 グループ会社 18.1 連結子会社 18.2 持分法適用関連会社 19 大株主 20 主な送信所・中継局 20.1 デジタル放送(JOTX-DTV) 20.2 アナログ放送(JOTX-TV) 20.3 受信可能な地域 21 関東広域圏以外でのケーブルテレビ再送信局 22 情報カメラ設置ポイント 23 社史・記念誌 24 モーニング娘。との関係 25 脚注 26 関連項目 27 外部リンク テレビ東京のデータ 英名 放送対象地域 関東広域圏(東京都・茨城県・栃木県・
群馬県・埼玉県・
千葉県・神奈川県) ニュース系列 TXN 番組供給系列 TXN 略称 TX 愛称 TX、テレ東、12チャンネル 呼出符号 JOTX-(D)TV 開局日 1964年4月12日 本社 〒105-8012 東京都
港区虎ノ門四丁目3番12号 演奏所 スタジオを参照 アナログ親局 東京 12ch ガイドチャンネル 12ch リモコンキーID 7 デジタル親局 東京 23ch 主なアナログ中継局 アナログ中継局参照 主なデジタル中継局 デジタル中継局参照 公式サイト 特記事項:
1964年4月12日 - 1973年9月30日までは
財団法人日本科学技術振興財団が運営。 社名 和文社名 - 株式会社テレビ東京 代表取締役社長 島田昌幸 本社・支社所在地 本社:東京都港区虎ノ門四丁目3番12号[2] 関西支社:大阪府大阪市北区堂島浜一丁目4番16号 アクア堂島NBFタワー西館 名古屋支社:愛知県名古屋市中区栄三丁目7番9号 新鏡栄ビル 海外支局:ニューヨーク・ワシントン・ロンドン・モスクワ・香港・ソウル・北京・上海
財団法人日本科学技術振興財団(以下「財団」)テレビ事業本部の番組制作を目的として設立された「株式会社東京12チャンネルプロダクション」(以下「東京12チャンネルプロダクション」)が、同財団から放送事業を譲り受けて発足したものである。テレビ東京の親局チャンネルである12chは、かつて在日米軍が使用していたチャンネルで、これを返してもらって開局したと言われている。
1973年10月1日に東京12チャンネルプロダクションの商号を変更した株式会社東京12チャンネルが放送事業を譲り受け、翌11月1日に総合放送局に移行した(移行前日の10月31日の放送終了時にテロップが表示された)。この後、他のキー局の様に地方系列局を持っていないハンディを克服するため、近畿・中京圏の独立UHF放送局[3]への番組販売を展開する様になる。なお、1969年10月から1975年3月までは大阪の毎日放送と(その名残りで2008年現在でも同局が大株主に名を連ねている)、テレビ愛知が開局する1983年8月までは中京テレビとも提携関係にあった(日経が中京テレビに出資していたため)。また、関西地区ではその後もテレビ大阪が開局する1982年3月まで在阪準キー各局が番販購入の形で東京12チャンネルの番組をネットしていた事もある。
東京12チャンネル時代は、他局が午前6時台から放送開始している中、番組ソフトが不足していた事もあり、開局当初から1974年頃までは午前10時前(その後1977年9月頃までは9時からに繰り上げ)からと比較的遅い時間から放送開始していた。そのため、一部の新聞のテレビ欄では午前中の部分を広告欄に差し替えていた(1966年の放送時間縮小時はハーフ又はそれに準じるサイズに縮小されていた)。
1983年にテレビ大阪及びテレビ愛知と「メガTONネットワーク」(メガTONとは「東京」の「T」、「大阪」の「O」、名古屋の「N」を意味している)を形成した。そして1989年より名称をTXNに改め[4]、現在では全国6局の系列局とネットワークを形成している。6局で日本の総世帯数の約7割(13都道府県とその周辺地域)をカバーしている[5]。
また、独立UHF放送局を始めとする系列外の放送局への番組販売も行われているが、最近ではケーブルテレビ局でのTXN系区域外再送信の増加やBSジャパンの開局により番販取り引きが減少傾向である。このため、番販取り引きを少しでも増やそうとTXN系列局がテレビ愛知から再送信同意が出されている岐阜・三重両県及びTVQ九州放送から再送信同意が出されている佐賀県を除いた31府県(今後の展開次第では26県に)のケーブルテレビ局に対して区域外再送信を許可しないケースも出て来ている。しかし、日本シリーズなどの生放送番組は番販購入している系列外で生放送をネットできず、放送されなかったり、或いは録画放送となるが、日本シリーズの場合はNHK-BS1でも同時中継されており、地上波で生中継を視聴できない地域にも配慮されている。また、ケーブルテレビ局が直接TXN系列の番組を購入し、自主放送チャンネルで番組を流している場合もあるが、こういったケースは極めて稀である。
1991年4月にTXN九州(現・TVQ九州放送)が開局して以降、テレビ東京の業績が低迷したために既存局による1局2波も含めて系列放送局の新規開局を行っていない。これは、敢えて自前で系列新局を開局させるよりも既存の地方局への番販で収入を得た方が適当との判断による。また、BSデジタル放送局のBSジャパンやAT-X、日経CNBCといった関連局が開局した事により、全国展開は完了したとの判断が一時なされた(但し、その際、プロ野球やJリーグ取材のために宮城・静岡・広島の各県に常駐取材拠点を置きたいという希望を表明していた) 。
2004年8月5日に東京証券取引所市場第1部に在京キー局のテレビ局としては最後(5番目)の株式上場を果たした(証券コード:9411)。初値は公開価格2,900円を上回る3,350円だった。
他の在京キー4局に比べて全体の視聴率が振るわないため、それを揶揄して視聴率の低い他局に対し「振り向けばそこにテレビ東京」と言われる事もあるが、敢えて扱う分野を明確化してターゲットを絞った(60代以上の主婦層、アニメファン、個人投資家、ファッション好き、旅行好き、釣り好き、レース好きなど)番組編成から「視聴率は最下位で、固定客数は最上位」と評されている。この様な特定層に向けた番組編成はスポンサーにとって広告波及効果が高いと評価され、1990年代後半からは他局も追随する様になった(TBS系の「王様のブランチ」など)。また、結果的に「視聴率無関係」な編成傾向や経済番組の多さ(後述)から時折「民放のNHK」と称される事もある。[6]現在は、年4回の改編期における番組の改編率が高く、大幅に変更される。
最近では、『いい旅・夢気分』や『土曜スペシャル』などサラリーマンや中高年層を主力とする番組で他の在京キー局と遜色のない視聴率を上げる番組が増えて来ており、他の在京キー局のOLや若年層を主力とした裏番組を放送時間帯の移動や打ち切りに追い込む事もあるが、主軸コンテンツのアニメ番組は今日の少子化の影響もあってか全般に低落傾向にあり(他局も同様)、その他の番組でもリニューアルや枠移転などを繰り返して全体平均視聴率の向上に努めているが、今でも目立った実績は挙げていない。なお、TXNの番組の打ち切りは、契約上の関係から不祥事などを除き行っていない。
1964年(昭和39年)4月12日 - 科学技術学園工業高等学校が開校し、授業放送(科学テレビ)を開始。 午前11時30分よりテストパターンにベートーベンの交響曲第9番「合唱」の第4楽章全曲の音声を流し、局名が「東京12チャンネル」という事もあって、正午から放送開始した。当初は朝日新聞ニュースも放送していた。 1968年(昭和43年)3月28日 - カラー放送を開始(東京地区では5番目)。 1968年(昭和43年)7月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクションを設立(この年月日が株式会社としての創立日とされている)。 1969年(昭和44年)10月27日 - 株式会社日本経済新聞社が財団法人日本科学技術振興財団テレビ事業本部の運営を引き受ける。 1969年(昭和44年)11月1日 - 株式会社東京12チャンネルプロダクション増資(資本金10億円→20億円)。 (株式会社日本経済新聞社6億円・日本生命グループ4億円。なお日本生命グループは翌1970年7月に資本を引き上げる) 1973年(昭和48年)10月1日 - 商号を株式会社東京12チャンネルに変更。財団法人日本科学技術振興財団から放送事業を譲り受ける。 1973年(昭和48年)11月1日 - 総合放送局に移行。 1978年(昭和53年)12月25日 - 標準テレビジョン音声多重放送を開始。 2ヶ国語放送第1号は「音声多重放送開始の案内」。ステレオ放送第1号は同日からスタートした「パイオニア・ステレオ音楽館」(番組開始当初からCMもステレオ音声)。 1981年(昭和56年)10月1日 - 商号を株式会社テレビ東京に変更。 1983年(昭和58年)2月 - 最新鋭の自動番組制御装置(APS-?、NEC製)のマスターが完成、更新。 1985年(昭和60年)12月12日 - 虎ノ門の現社屋に移転。同時に芝公園の旧社屋はテレビ東京スタジオセンター(芝公園スタジオ→東京タワー芝公園スタジオ→東京タワースタジオ)となる。 1989年(平成元年)4月1日 - ネットワーク名を「TXN」に変更、同時にTXを正式に略称とする。 1996年(平成8年)10月1日 - 標準テレビジョンデータ多重放送(ITビジョン)を開始(-2003年12月26日)。 1997年(平成9年)12月 - CS有料放送「アニメシアター・エックス (AT-X)」放送開始。 1998年(平成10年)10月1日 - 開局35周年を機にロゴマークを一新。 1999年(平成11年)12月12日 - 天王洲スタジオの運用開始。 2000年(平成12年)6月 - 子会社エー・ティ・エックスを設立し、AT-X事業を移管。 2000年(平成12年)12月1日 - BSデジタル放送局「BSジャパン」開局。 地上波放送番組のうちニュースなどの生放送番組や一部のバラエティ番組などがハイビジョンで放送される様になる(BSデジタルの送出マスターは東芝製の物を使用)。 2003年(平成15年)12月1日 - 地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始。 2004年(平成16年)3月22日 - デジタル・アナログ統合マスター(NEC製)の運用開始。 これにより地上デジタルテレビジョン放送もハイビジョンで放送される様になった(それ以前はほぼすべての時間帯が4:3標準画面のアップコンバートによる放送で、ハイビジョン映像はBSジャパンでしか視聴できなかった)。また、提供クレジットの文字フォントもBSジャパンと同じ仕様に変更された。 2004年(平成16年)4月21日 -開局40周年記念日 2006年(平成18年)4月1日 - 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。 2006年(平成18年)5月7日 - 東京ドームでの巨人主催試合を開局以来初めて中継した(対ヤクルト戦)。 2007年(平成19年)5月31日 - この日行われた定例会見で、菅谷定彦社長(現:会長)が2011年7月24日の地上デジタル放送全面移行後のネットワーク拡大構想を明らかにした(2007年(平成19年)7月7日 - 「テレビ東京ネットワーク七夕祭り」が放送される。2011年までの5年間(予定)で特別番組を放送し、テレビ東京のリモコンキーIDである「7」をPRする。 2008年(平成20年)7月1日 - 番組冒頭及びCM明けに「TV TOKYO 7ch digital」と画面上に表示(主に夜間の主要番組。この様な事はテレビ朝日でも行われているがいつも同じ映像ではない)。データ放送では7月の1ヶ月間のみ「デジタル7チャンBINGO」を実施。また、開局45周年を機に制作(・著作)クレジットも従来の「TV TOKYO」から「TV TOKYO 7ch デジタル」[7]に変更(地上デジタル放送のリモコンキーIDを制作・著作クレジットに入れたのは在京キー局では初)。[8] 2008年(平成20年)7月7日 - 公式アニメサイト「あにてれ」を同日7時7分7秒に一新。 1969年(昭和44年)10月1日 - 毎日放送・中京テレビとネットを構築。 ※番組制作会社「東京12チャンネルプロダクション」が設立された事により初めて構築できた。因みに、日本科学技術振興財団テレビ事業本部のみの時代は関東広域独立局という位置付けだった。 1973年(昭和48年)11月1日 - 東京12チャンネルが民間放送として開局し、同局がキー局となる。 1975年(昭和50年)3月31日 - 朝日放送との腸捻転解消により毎日放送とのネットを解消。近畿放送・サンテレビと番販ネットを組む。 1982年(昭和57年)3月1日 - 初の系列局・テレビ大阪開局に伴いメガTONネットワークを設立。近畿放送・サンテレビジョンから移行(大阪府のみ)。 1983年(昭和58年)9月1日 - テレビ愛知が開局。中京テレビから移行(愛知県のみ)。メガTONネットワーク(現:TXN)は一応の完成を見る。 1985年(昭和60年)10月1日 - 初の地方マストバイ局であるテレビせとうちが開局。 1989年(平成元年)10月1日 - テレビ北海道が開局。 1991年(平成3年)4月1日 - TVQ九州放送(当時:ティー・エックス・エヌ九州)が開局し、TXNの日本縦貫ネットワークが完成。 この節には予定される事象を扱っている文章が含まれています。性急な編集をせず事実を確認の上投稿してください。先述の2007年5月31日での菅谷社長(当時)の定例会見に於いて、以下の構想が発表された。
宮城・広島両県への系列新局開局 静岡県への系列新局開局、もしくはテレビ愛知の放送エリア拡大 テレビ大阪の放送エリアを京都府・兵庫県に拡大(本格的な地デジ時代を睨んだ戦略ではあると言えるが、地上デジタル放送への設備投資で経営体力の消耗を強いられる既存局からの抵抗も予想され[9]、実現には紆余曲折が予想される。
第1スタジオ(200坪) - 歌番組などの大型が番組が主体。日本作詩大賞(11月最終日曜日)、ペット大集合!ポチたまなど。 第2スタジオ(140坪) - 情報・バラエティ番組が主体。おはスタ、レディス4など。 ※かつては、「ギルガメッシュないと」や「平成女学園」、「土居まさるのハッピーTODAY!」、「土居まさるの元気通信」、「朝はビタミン!」、「E子のランチタイム」なども収録及び生放送されていた。 第3スタジオ(70坪) - 報道系ワイド番組専用スタジオ。ニュースモーニングサテライト、E morning、NEWS FINE、ワールドビジネスサテライト、メガスポ!、こちら経済編集長(BSジャパン)。 第4スタジオ(35坪) - 定時ニュース専用スタジオ。ニュースブレイク、TXNニュース。スタジオ数、面積や運用形態は芝公園の旧社屋を大方踏襲したものとなっており、基本的に第1・2スタジオが汎用スタジオとして使われ、第1はパッケージが中心、第2は平日の帯番組や小規模収録番組が中心の運用となっている。また、報道局に隣接する格好の第3・4スタジオは報道番組及びスポーツニュースが中心の運用となっている。
余談であるが、以前の第3スタジオでは情報系番組の生放送や収録が行われていた事もあった。
そして第4スタジオは運用開始当初報道局側に壁のないオープンスタイルであったが、諸事情により現在は完全密閉型のスタジオへ改装された。
第4スタジオについては当初サブを持たず、第3副調整室(3サブ)が第3スタジオと第4スタジオを駆動する形式であった。その後一旦第4副調整室(4サブ)が整備されるも報道フロアが手狭になった事から4サブを廃止・撤収し、再び3サブで3スタと4スタを駆動する形に改められた。
3サブ内にはCG制作室が併設され、4サブは報道VTR編集室に改装されている。
2008年秋改編以降の4スタは、株式ニュースがワイド番組化されたことに伴い3スタへ集約されたこともあり、短時間の定時ニュースや臨時運用が中心となっている。
いずれのスタジオもハイビジョン対応で、SD(従来の標準画質)収録番組も混在している。因みに、地上デジタル放送開始前の2003年6月の時点でも既に全番組の3割がハイビジョンで制作されている。
なお、虎ノ門本社の全スタジオ設備のハイビジョン化については、系列BS局であるBSジャパン(2000年12月開局)が地上波とのサイマル番組をハイビジョンで放送することを目的として、他の在京民放キー局に先駆けて整備したものであり、その後の地上デジタル放送にも対応している。下記の天王洲スタジオも同様である。
東京都品川区東品川一丁目3番3号
ここには2つのスタジオがあり、1999年12月12日の運用開始当初からハイビジョンに対応している。バラエティ番組ではゲストの多い公開番組の収録や生放送を行っている他、他局への貸し出しも行っている。
同スタジオと同じ敷地内にマンション「てれとハイム」が併設されており、「職住接近」の環境ができ上がっている。しかし、実際ここに居を構えるテレビ東京の社員は数える程とも言われている。なお、建物自体は関連会社の「テレビ東京建物」が管理している。
天王洲1スタジオ(250坪) - 歌番組などの大型番組が主体。開運!なんでも鑑定団など。 天王洲2スタジオ(150坪) - 情報・バラエティ番組が主体。出没!アド街ック天国など。 ロケーション番組となっている『いい旅・夢気分』や『ココリコミリオン家族』も全編ハイビジョン制作となっている。 かつての本社屋である「芝公園スタジオ」は、現在は日本電波塔が管理し、関連会社テクノマックスが運営している。運営会社は変わったが、同社の番組は今でも多く制作されている。なお、同所の建物自体は元々日本電波塔の所有物であり、テレビ東京が賃借して使用していた。詳細は「東京タワースタジオ」の項を参照の事。 送出マスターは虎ノ門本社にあり、地上デジタル・アナログ統合マスターがある他、BSデジタル放送局であるBSジャパンの送出マスター設備も同じ虎ノ門本社にある。テレビ東京番組一覧を参照
他局が手を付けていない、特定の視聴層を狙い撃ちする様な番組編成を得意とする。
『TVチャンピオン』『開運!なんでも鑑定団』『出没!アド街ック天国』の様な長期人気番組の共通点として、今までに誰も注目しなかった、もしくは注目が集まったとしても価値があるかどうか不確かなものに対してスポットを当てて番組を成り立たせた事がある。これは、東京12チャンネルとしての総合編成を開始した時期からの伝統とも言える。
番組制作予算やセットなど全体的に小ぶりなものが多くなるため、アイデア勝負にならざるを得ない同局の得意技と言って良い。『TVチャンピオン』での「大食い」や『なんでも鑑定団』での「お宝」はどちらも全国的ブームを呼び起こした[10]。しかし、ブームになった後で他局による豪華な仕様で後追いされてしまい、結局コンセプトを奪われがちになる事も多い。他局が視聴率などを理由に早期に撤退する中で同じテーマの番組を放映し続けた結果、「大食い」「お宝」共に定着化され、長寿番組化している事は、現在の視聴率至上主義に対するアンチテーゼとして注目できる。
1970年代後半から1980年代半ばにかけてはいくつかの意欲的なバラエティ番組も制作された。以下に当時の主な番組名と簡単な内容を挙げる。
『三波伸介の凸凹大学校』(1977年-1982年) 水曜夜8時に放送。三波伸介が司会を務めた。イラストを描いてそれが何かを当てる「エスチャー」というコーナーで、元ずうとるびの江藤博利が「画風の奇抜さ」で人気を得た。 日曜正午にスタジオアルタからフジテレビ以外で初めてレギュラー生放送された1時間のスタジオメインの番組だった(番組構成は現在の『アッコにおまかせ!』〈TBS系〉に近い)。司会はタモリで、『笑っていいとも!』のスタート直前に担当していた。 「タモリの突撃ナマ放送」の後継番組。前番組と同じく日曜正午にスタジオアルタから1時間生放送された番組で、複数のタレントチームが品物の値段を当てるクイズなどに挑戦していた(番組コンセプトは『目方でドーン!』〈日本テレビ系〉や『100万円クイズハンター』〈テレビ朝日系〉に近い内容)。 『もんもんドラエティ』 木曜夜に放送。ドラマとバラエティを1つの番組枠に収めたもので、山田邦子などが出演。手塚眞のショートホラードラマが注目を集めた。 こちらも木曜夜に放送。いわゆる「視聴者参加番組」で、関東各地のホールからの公開生放送を行っていた。素人時代の野沢直子やとんねるずも出演した事がある。 『テレビあっとランダム』 土曜夜9時からの生放送。関口宏が司会を務めた。軽い話題をVTRにまとめ、それを見ながらゲストとトークする番組で『久米宏のTVスクランブル』(日本テレビ系)のエッセンスが感じられる番組だった。 『徳光のTVコロンブス』 こちらも土曜夜9時から生放送。「テレビあっとランダム」の後継番組で、内容はほとんど同じだった。終了後は放送時間帯を月曜夜に移し、『徳光和夫の情報スピリッツ』に衣替えした。日本経済新聞との資本関係を活かし、経済・企業情勢に関する番組が全国ネット・ローカル番組を問わず多い。中でも、『ワールドビジネスサテライト(通称:WBS)』は経済ニュース番組の大御所として長く君臨している。なお、経済主体であるために、ニュース番組でありながら他局での「スポーツ」に相当するコーナーはなく、プロ野球の試合結果などは直後の別番組『メガスポ!』(『スポパラ』の第1部)で扱われる。
平日早朝の『モーニングサテライト』は、米国の各証券取引所の取り引きが終了した直後の状況を生中継で放送している。他局も一般ニュースとして伝えてはいるが、各取引所(NASDAQやNYSEなど)の個別の銘柄についてコメントするのは他局も含めてこの番組だけである。解説は日本語の堪能な現地証券会社アナリストや日本の証券系企業の現地法人アナリストなどが担当する。そのため、米国の市場動性に敏感な機関投資家及び運用担当、個人投資家などを主な視聴者層としている。 平日昼間の9:00-(E morning・第1部)・11:00-(同・第3部)・15:35-(NEWS FINE・第1部)には株式ニュースを流している(これらの番組はBSジャパンでも同時放送を行っている)。これらの番組は、WBSを除き東京株式市場が休止する祝日や振替休日には放送されず、特別番組が放送されるが、朝と昼前は代替としてTXNニュースが放送される。
また、ドキュメンタリー番組も社会や企業経営陣の視座に立った番組が多い(『日経スペシャル ガイアの夜明け』『日経スペシャル カンブリア宮殿』『ソロモン流』など)。また、これらの番組は日経CNBCにもネットしている。
テレビ東京のアナウンサーは、こうした番組で鍛えられているせいか経済・企業情勢で一家言持つ者も多い。
ウィキプロジェクト アニメ■テンプレート
テレビ東京はアニメを重視する局としても認知されており、現在民放キー局中でアニメの放送本数が最も多い。民放キー局で放送されるアニメ全作品のうち半数以上が同局の放送というデータもある(
但し、自社発注のテレビアニメは1974年の『ダメおやじ』が1作目で、他局に比べるとその歴史は比較的浅い(それ以前は外国アニメや民放他局のアニメの再放送を行っていた)。その後も東京12チャンネル時代の自社発注のテレビアニメは主にナック制作による異色の作品を1年に1-2本放送する程度だった[11]。この時点ではまだ同局のテレビアニメは必ずしもメジャーな存在ではなかった。
社名変更後は次第に自社発注のテレビアニメの作品数が増え、1980年代後半以降は自社発注のテレビアニメ中心の放送となり、今日の様な評価を受ける様になった[12]。特に『キャプテン翼』(1983年-1986年・2001年-2002年)や『ミスター味っ子』(1987年-1989年)、そして他局の歴史的作品のリメイクながら『楽しいムーミン一家』(1990年-1992年)などは、関東地区は基より、系列局のある地域のみならず、系列局のない地域も含めて全国的に広く人気を集めた。
テレビ東京を代表する作品でもある『アニメ・ポケットモンスター』を筆頭に、低年齢児童・少年少女向けのアニメから『ネギま!?』や『ギャラクシーエンジェル』シリーズなどの様ないわゆる「萌えアニメ」など幅広い視聴者層に対応できる様に編成され、これら作品群の放送にまつわる話題も事欠かない。これらのアニメ作品は、最盛期である1990年代前半は視聴率10%台の番組も多数存在し、テレビ東京の土台を支え、収益の増加にもつながった。かつてはテレビアニメとして『マンガ日本経済入門』や『ラブひな』を午後10時台に放送した事があったが、共に確たる実績を挙げられなかった。
21世紀に入ってからは、全日帯アニメの主たる視聴者である小・中学生の部活や塾通いの他、録画視聴習慣の定着、さらには少子化などの影響などによりアニメ全体の平均視聴率が低迷の傾向を見せ始め、特に子供向けアニメのゴールデンタイムと言える平日18時台のアニメ番組の視聴率へ与える影響は大きく、以前程には高いものではなくなって来た。これらの影響を受け、TXNでは2006年4月から従来の平日18時台のアニメ枠を30分ずつ前倒し、17:30-18:30に変更し(通称『アニメ530』枠)、同時に空いた18:30-19:00枠を近年関係を強めている吉本興業との共同制作のバラエティ番組(通称『スキバラ』枠)を新設するという大改編を行う事が話題となって注目されていたが、現在でも同枠全体の視聴率低下に歯止めがかからない状態が続いている。それを踏まえて、アニメの本数が増えすぎて1つの壁にぶつかっている現状を打開しようと、翌2007年4月より『アニメ530』枠のうち17:30-18:00枠の月・火曜日を『ドラマ530』として放送し、同年10月改編では金曜日17:30-18:00枠も『ドラマ530』枠化された(2008年10月改変でバラエティ枠へ衣替え)。さらに2008年4月の改編で『テニスの王子様』と『BLEACH』の再放送がそれぞれ木曜と月曜の17:30に放送しているので、結果的に17:30-18:00のアニメ枠は火曜が新作アニメ、金曜が『ドラマ530』、それ以外が再放送となっている。中でも、同月から開始された『ソウルイーター』では月曜18:00-18:30に全国ネットで放送される他、『ソウルイーター レイトショー』として深夜にもローカルセールス枠扱いで放送されている(テレビ東京では木曜26:15-26:45に放送)。
また、2000年代に入って多くの学校で週5日制が導入された事に伴い、週末午前帯のアニメ枠も強化されており、先述の『アニメ530』枠の苦戦とは対照的にこちらは堅調である。ただ、土曜朝9時枠はローカルセールス枠になっているため、局によってはアニメ枠ではない番組も放送される。
テレ東アニメのもう1つの側面として、深夜に放送される数々の作品群(いわゆる深夜アニメ)が豊富である事が挙げられる。キー局の深夜アニメ隆盛を促すきっかけとなった『エルフを狩るモノたち』を放送してから約10年、テレ東の深夜アニメは常に話題作を放送し続け、現在でも同局の深夜枠の中核を担っている。その影響は大きく、通常放送開始時間が変動するのが通例である深夜枠でも、かつてはアニメは原則として放送開始時間が固定されていた程である。但し、毎年6月初旬に『全仏オープンテニス』を中継するため、必ず時間変更や休止が発生している(かつては平日も系列局6局ネットだったが、近年平日についてはテレビ東京のみで、週末のみ全国ネットとなっている)。また、2005年頃からTXN全局を挙げてのスポーツ中継やバラエティ番組などを拡大放送する様になって来たため、放送時間を変更する事も多くなって来ている(主に月・木〜土曜日が15-30分、火・日曜日が6-12分、水曜日が6-30分程度繰り下げて放送する時がある。なお、1度だけ3時間繰り下がった事があった。)。
選挙・災害報道などで特別編成が行われる場合でも、アニメの放送時間だけはできるだけ変更しないなど、アニメに対しては手厚い配慮を行っている。その理由は、あらかじめ決められた放送期間内に予定されている話数をすべて放送する契約となっているためである。また、スポーツ中継などで休止になる場合は途中1時間に枠を拡大するなどの対応をとっている。
地上デジタル放送ではハイビジョン制作(アナログ放送では画面比16:9のレターボックスサイズ)による深夜アニメも、2007年4月改編で開始された作品より実施されている(『史上最強の弟子ケンイチ』を除く)。
テレビ東京は、アニメだけではなく特撮番組も放送している。特に東映作品がかなり有名だった。過去の代表作に『忍者キャプター』『快傑ズバット』『スパイダーマン』などがある。
しかし、1980年代に入って特撮番組は姿を消したが、1990年代中頃に復活し、2000年代になってからは深夜帯に放送されることがあった。
最近では“『超星神シリーズ』”3作品の他、『ケータイ捜査官7』、そして系列局制作ではあるが『魔弾戦記リュウケンドー』や『トミカヒーロー レスキューフォース』など日曜や土曜の早朝に小学生以下をターゲットで特撮番組が放送されている。この2つがいずれも「レッドエンタテインメント」絡みである事は非常に興味深い。
テレビ東京系列で放送されているアニメ番組専門(但し、一部のテレビドラマ及び深夜特撮番組も含まれる。)[13]の公式サイトである。ここではテレビ東京で月・火曜深夜に関東ローカルで放送されているRe:あにてれ情報局のブロードバンド配信も実施されている。
※TXNで放送したアニメ番組の個々の詳細については「テレビ東京系アニメ」、或いは「Category:テレビ東京系アニメ」を参照の事。 ※個々の深夜アニメの概要については、それぞれの作品の項を参照の事。テレビ東京は、旅番組やグルメ番組が多いのも特色の一つである。
旅番組はテレビ東京の番組編成の根幹を成す分野で、定番の温泉旅行から珍道中もの、さらにはクイズやゲームなどの企画を織り交ぜたものまで多様にあるため、「テレビ東京=旅番組」と真っ先に思い付く視聴者(主に母娘など)が多い(旅番組に母親と出演した経験のある北野誠はスタッフの対応が良いと評価している)[14]。毎年7月下旬に隅田川花火大会の模様を『土曜スペシャル』の枠で生中継している(関東ローカル)。
演歌と言えば、NHKという意見が今でも多いかもしれないが、実際には当局の方が番組数も多く、歴史ある番組も多い。
開局以来、1989年3月までの25年間に亘って放送され、現在は夏祭り(7月第1金曜日)と年忘れ(大晦日)に放送している『にっぽんの歌』、そして1978年10月から2000年9月まで22年間放送され、大正製薬の一社提供番組としてもおなじみだった『演歌の花道』は、「演歌といえばテレビ東京」という地位を確固たるものにした。この関連で、東海林太郎や伊藤久男、霧島昇、小唄勝太郎ら往年の名歌手の貴重なカラー映像が多数残される事となった。
なお、現在では7月の『夏祭りにっぽんの歌』や大晦日の『年忘れにっぽんの歌』(BSジャパンでも同時放送)の他、春と秋の番組改編期前後に放送される『昭和歌謡大全集』『名曲ベストヒット歌謡』、さらにはテレビ東京だけでの放送となるが不定期で放送されている『徳光和夫の歌謡スペシャル』、11月最終日曜日の『日曜ビッグバラエティ』枠で年末の賞取りレースの1つとして放送され、演歌の育成を目的としている『日本作詩大賞』がその役割を果たしており、どの番組も安定した人気を獲得している。
駆け出しのジャニーズタレント応援番組の歴史が古くからあり、『愛ラブSMAP』(1991年10月-1996年3月)、『愛LOVEジュニア』(1996年3月-1998年9月)などを放送していた。また、古くは当時のジャニーズ1グループが総出演しているドラマなども放送していた。 1990年代に一時的に当局からジャニーズ番組が消滅したが、2008年現在はHey! Say! JUMPがメインで出演する『Hi! Hey! Say!』(2007年11月-)や関ジャニ∞がメイン出演の『ありえへん∞世界』(スポパラ枠、2008年4月-)を放送している。 テレビ朝日の長寿番組『題名のない音楽会』は、『ゴールデンポップスコンサート』というタイトルで1964年8月に東京12チャンネルから始まったが、局の放送編成諸方針の変更により1966年4月にNETへ移管された。他局が手掛ける、いわゆる「報道系・芸能系ワイドショー」の様な情報番組を苦手としている(なお、ワイドショーとしては、サロントークの要素ある生活情報系ワイドショーの『レディス4』〈『FINE!』の第2部扱い〉がある)。
『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』『ズームイン!!SUPER』(以上日本テレビ系)や『FNS27時間テレビ』(フジテレビ系)など地方局が一丸となって制作に参加する番組が少ない。
元々系列局のない独立した局であった影響か、全国ネット番組でも旅番組やグルメ番組以外は首都圏の話題が多い(特に『出没!アド街ック天国』など)。平日昼の帯枠『時代劇アワー』(2008年3月28日終了、9月22日再開)で、主に他系列で放送された権利切れ作品(著作権が制作会社に移行し他系列での再放送が可能となったもの)をベルト放送されていたが、『大江戸捜査網』『喧嘩屋右近』『新春ワイド時代劇』など自社制作作品の再放送が実施される事もあった。
また、伝統的に海外ドラマや洋画の放送が多い局でもある[15]。これまではアメリカ製の作品がメインだったが、近年は韓国や中国など近隣諸国で制作されたドラマ番組の比率が高まっている。
他の在京キー局に比べて自社制作のドラマ番組が恒常的に少なく、ゴールデン帯からレギュラーのドラマ枠が完全に姿を消した時期(最近では1997年4月-12月の約9ヶ月間及び2000年10月-12月の約3ヶ月間など)もあったが、日本テレビ系列がレギュラーの2時間ドラマ枠を廃止した2007年4月以降、ドラマ番組の本数及び放送時間の合計(週当たり)でテレビ東京が日本テレビを上回る様になる。
1981年より正月の恒例特番として『12時間超ワイドドラマ』がスタートしている。毎年1月2日の正午から12時間に渡り自社制作の時代劇番組を一挙放送していたが、2001年より放送開始時刻の14時への変更と10時間番組への規模縮小に伴い番組名も『新世紀ワイド時代劇』に、そして2003年からは『新春ワイド時代劇』となり、現在に至っている。。この番組は2001年から系列BSデジタル放送局「BS-JAPAN」でもサイマルキャスト(毎年1月3日)されているが、権利処理上の問題に対応するため、TXN系地上波各局で前年に放送された作品が放送されている(当初は地上波との同時放送を計画していた)。
1998年1月から『ドラマシリーズ・家族』(連続ホームドラマ集)を水曜20時台でスタートし、ゴールデン帯での自社制作のドラマ番組を約9か月ぶりに再開(第1作目は八千草薫主演の『魚心あれば嫁心』)したが、視聴率の不振を理由に2000年9月を以って終了し(最終作は高岡早紀主演の『ハッピー2』)、2年9か月間の歴史に幕を閉じた。そして、翌2001年1月からは系列BSデジタル放送局「BSジャパン」との共同制作によるテレビ東京としては初の2時間サスペンスドラマ枠(注:特別企画として類似番組がそれ以前に制作された事はあった。例:「月曜・女のサスペンス」2時間SP週や「プレイガール'92」など)となる『水曜 女と愛とミステリー』の放送を開始(20:54-22:48。BS-JAPANでは「女と愛とミステリー」のタイトルで日曜21:00-22:54の間、地上波より3日早い先行放送を実施。)、手堅い作劇と豪華キャストを武器に脆弱となっていたドラマ部門の再興に成功した。一時的に視聴率が伸び悩む事もあったが、思い切ったリニューアル作戦などで苦境を乗り切り現在に至っている。その後、2005年4月からは『水曜ミステリー9』(BS-JAPANでは地上波より3日先行の『BSミステリー』)に改題されると共に地上波でのフライングスタートがなくなり21:00開始に変更(BS-JAPANでは逆に終了時刻が6分早くなり22:48に)された。結果的に放送時間が旧女と愛とミステリーより6分短縮し、レギュラーの2時間ドラマ番組では最も短い108分枠となった。
2003年頃からは月曜深夜枠で深夜ドラマ枠を新設している(現在休止中)。こちらはいわゆる深夜アニメ感覚で漫画を原作とした作品ばかりである。関東ローカル枠で放送されており、系列局に回る事は少ない。そのためか系列外で放送される場合もある[17]。
2005年10月からは、『スポパラ』後半の1コーナーとして深夜ドラマ枠『ドラマ24』を新設した。
翌2006年10月からは、ゴールデン帯での放送としては『ハッピー2』以来6年ぶりとなる連続ドラマ(時代劇としては9年ぶり)を金曜20時枠でスタートした。第1作目は青山倫子主演の『逃亡者 おりん』で、当初の設定目標(視聴率12%)を若干下回るも善戦した。当初この枠は「セガサミーシアター」だったが、翌2007年7月から現在の「金曜時代劇」(2008年10月以降は月曜夜7時へ移行して「月曜時代劇」に改題)となって定着している。『水戸黄門』(TBS系)が放送されない期間は在京民放キー局唯一の時代劇枠となる。
2007年11・12の両日に放送された2夜連続のスペシャルドラマ「李香蘭」(上戸彩主演)は、テレビ東京初のオール海外ロケ作品である。
さらに2008年9月29日からは、平日の株式市場時間内であるが「Lドラ」を11:50-12:26に放送している。その第1弾が『Cafe吉祥寺で』(中山エミリ主演)である。
他の民放キー局とは異なり、撮影が放送日の数ヶ月前とかなり前倒しする形で行われる傾向にある。例えば、ドラマ530の『美味学院』『女子アナ一直線!』に出演したある俳優は自身のブログで「放送当日にクランクアップした」と語っていた。故に、たとえ視聴者からドラマに対する意見・要望が局の公式サイト又はコールセンターに入ってもそれらを番組に反映させる事は難しい様だ。但し、局の専用掲示板などに「こんなドラマを作って欲しい」とあらかじめリクエストしておけば、「回転率」が早い分アイデアとして次の企画で活用してもらえる可能性はある。
先発系列より「ネット保証金」を低く抑えられる点に加えて、県域独立局や他系列地方局向けに番組販売が行われているので、制作費的に他局の類似番組と同等もしくはそれ以上の作品が放送される事も決して珍しくはない。また、他局がレギュラー枠での放送を打ち切ったジャンル(例:TBSを除く3系列の時代劇、日本テレビの2時間ドラマ)に敢えて参入する事で廃止された先発枠を視聴していた固定層(主に中高年世代)の獲得にもある程度は成功している。
別項でも指摘されている所謂「過去との断絶」は、ドラマ部門においても例外ではなく、局が製作に携わったドラマコンテンツのうち、再放送が実施されているのは2時間サスペンス(『水曜 女と愛とミステリー』→『水曜ミステリー9』)や『新春ワイド時代劇』など現在も継続中となっている番組枠で放送されたナンバーに限られており、ゴールデン帯(日・月曜21時台、水曜20時台など)で過去に放送された連続ドラマ(現代劇)の再放送は現在行われていない。旧『時代劇アワー』に『大江戸捜査網』などが再登場した事もあったが、その頻度は他局系の「権利切れ」作品と比べて明らかに少なかった。
2008年春以降には、地上波番組を系列BSデジタル局でサイマルキャストする際に必要な権利処理手続きの大幅な簡素化及びキー局による系列BSデジタル局の兼営・同一法人化を認めた改正放送法の施行が予定されており、共同制作番組「水曜ミステリー9(BSミステリー)」以外のドラマ枠についてもBS-JAPANでの再送信が実施し易くなる可能性が出て来た(但し、そのためにはテレビ東京がBS-JAPANを吸収合併する必要がある)。
この節には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります。解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください。テレビ東京には、20-30代の若い女性いわゆる
このジャンルも弱点と言える。広島・長崎両都市での平和祈念式典の中継は両県にTXN系列局がない事から実施されていない(但し広島のみTXN系列局の開局構想あり)。また、両原爆関係のドキュメンタリー放送(広島県に系列局のある他の民放ネットではすべて何らかの形で制作・全国向け放送)や両原爆・その他の戦災など戦時下の市民生活を扱ったドラマ・アニメなども(連続作品・単発枠共に)歴史的に制作されていない様である。
平和関係番組(日中戦争・太平洋戦争の戦禍を伝える番組)が皆無という事はなく、毎年3月10日のニュースでは東京大空襲を取り上げるなど、取材可能なエリア内では努力している。 1970年代には真珠湾攻撃を扱った番組を放送した。 1990年代には『ドキュメンタリー人間劇場』で戦争体験を扱うなどの例もある。 他にも独立した番組ではなく、「救出劇」や「偉人伝」など番組の一部として平和関係の番組を放送する事もある。また、テレビ東京はかつて教育専門局だった関係で報道部門を持っていなかった[19]事も報道部門が他局に比べて弱い事の遠因となっている。また、他局が報道番組を組む中で唯一通常の番組を放送していた事から、皮肉にも高視聴率を記録した例もある。
沖縄返還協定調印式 あさま山荘事件 三宅島雄山噴火 - 画面の右下に雄山の上空映像を表示する程度だった。 宮城県沖地震(2005年8月16日発生) - 速報テロップで表示する程度だった。その後、『速ホゥ!』『ワールドビジネスサテライト』でも続報を報道したが、共に放送時間の拡大は行われなかった。 小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝(2006年8月15日) 新潟県中越沖地震(2007年7月16日発生) - 発生日は祝日編成だったが、発生後も速報テロップを流しながら番組を継続放送させ、当日12時25分からの『TXNニュース』で第一報を伝えた。その後、『速ホゥ!』『ワールドビジネスサテライト』でも続報を報道したが、共に放送時間の拡大は行われなかった。 チャイナエアライン120便炎上事故(2007年8月20日発生) - 発生直後に『NEWS MARKET 11』内で速報として放送した。 岩手・宮城内陸地震(2008年6月14日発生) - 『週刊ニュース新書』で第一報を伝えた。その後の『TXNニュース』でも続報を報道した。 岩手県沿岸北部地震(2008年7月24日発生) - 未明に発生したものの番組の変更は行われず、同日の『ニュースモーニングサテライト』で第一報を伝えた。 昭和天皇崩御(1989年1月7日) 民放連の取り決めにより、他の放送局と同様に昭和天皇追悼の特別番組(CM抜き)を翌8日に掛けて終日放送した。なお、テレビ東京での第一報は土居壮が伝えた。 この時は、中京・関西地区の独立UHF局7局(同社の番組を配信していない、サンテレビジョンや、KBS京都テレビを含む)へも番組ネット供給を行った。これは独立UHF局単独では特別番組を構成する素材が揃わない事や、各局と在京局との編成上の付き合いが一番多い事から、テレビ東京系番組をネット受けする事となった様である[要出典]。余談だがサンテレビにおいて、その直前のソウルオリンピック中継では、ABCとの同時放送はあってもテレビ大阪との同時放送は一本たりともなかったこととは対照的である(関東地方の独立UHF局での放送については、各局がNNSへのオブザーバー参加をしている事もあってか、日本テレビ制作の番組がネットされていた)。 この特番開始に際して技術スタッフのスタンバイが整わず、他系列局に比べて特番の放送開始が大幅に遅れたとも言われている。 当日の夕刊のテレビ欄は他局と比較して空白の欄が多くなっている[20]。 「昭和天皇崩御の際、テレビ東京だけ追悼番組を放送しなかった」という風説が流れた事もあるが、実際には他局と同様に特別番組を放送している(この時に午前10:15頃から通常放送を行っていたのはNHK教育テレビである〈但し娯楽色の強い番組は差し替えになっている〉。ラジオもやはり教育専門局のNHKラジオ第2放送のみが通常放送された)。 湾岸戦争(1991年1月17日発生・同年2月28日終結) 発生日と終結日に『TXNニュース THIS EVENING』を30分繰り上げ、17:00から拡大放送した。但し、他局が報道特番を放送する中通常放送された『楽しいムーミン一家』は民放の同時間帯最高視聴率である18.7%を記録した。 阪神・淡路大震災(1995年1月17日発生) 他局が1日中特別番組を放送し続ける中、テレビ東京は特別番組を一時中断して『覇王大系リューナイト』『ゲーム王国』『開運!なんでも鑑定団』などを通常通り放送し、高視聴率を獲得した(但しそれ以外は報道特番を放送していた)。以後翌日から2日間『TXNニュースワイド11』を朝の『株式ニュース』を吸収する形で9時40分から12時まで拡大放送した。 地下鉄サリン事件(1995年3月20日発生) 皇太子妃雅子懐妊報道(2001年11月30日-12月1日) 他系列局が特別番組を2日間断続的に放送していた中で、テレビ東京は11月30日に『ワールドビジネスサテライト』内で速報するのみで、報道特番としては12月1日の16:00-17:15に放送した(これは丁度雅子妃がご出産されたと報じられた時間帯でもある)。なお、他系列局が同日19:00-21:00の枠で2時間の特番を放送した中でテレビ東京は『土曜スペシャル 日本全国年越し旬の美味こだわり鍋料理特集』を通常通り放送した。蓋を開けてみれば特番を放送した4局の平均視聴率が4-9%と1桁台で惨敗した中、同番組が17.5%とその日の民放視聴率トップになった。この背景には断続的に特番を放送していた上に各局似たり寄ったりの内容だった事もあり、視聴者の方も飽きて来たため通常放送している『土曜スペシャル』に流れたと見られる。 新潟県中越地震(2004年10月23日発生) 地震発生後も通常番組を放送したが、『土曜スペシャル』については番組中に新潟県を扱った部分があり、その部分だけが報道特番(気象庁からの中継)に差し替えられた。 秋篠宮妃紀子の男児出産(2006年9月6日) 通常番組である『朝は楽しく!スマイルサプリメント』内のテレビショッピングの放送を途中で打ち切り、特別番組に差し替え、約10分間宮内庁で行われた記者会見を中継した後、通常放送に戻った。また、夕方以降は『速ホゥ!』が30分延長されたため、アニメ2番組が18:00からの放送となり、『スキバラ』は放送中止となった。 系列局のテレビ大阪では『ハロー!モーニング。』を遅れネットで放送中だったが、途中で中断され、同様に差し替えられた。 安倍晋三首相(当時)の辞意表明(2007年9月12日) 福田康夫首相(当時)の辞意表明(2008年9月1日) 2008年自由民主党総裁選挙(2008年9月22日) 『午後のロードショー』を休止し、『自民党総裁選特番 政局大予測!○○vs小沢』を放送した。 その他 L字画面でニュース速報を行う際も番組途中での挿入は避け、CM明けや次番組まで待ってから挿入する事が多い。 大規模な自然災害や事件が起きた場合、通常は再放送枠として使用している土曜日の12:30-14:25や日曜日の10:30-11:25などを報道特別番組にする場合がある(新潟県中越地震、JR福知山線脱線事故など)。詳細は全力闘球を参照
東京12チャンネル時代から、テレビ東京は東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の主催ゲームを中心に率先的に放送していた(なお、1990年代後半には日本ハムファイターズ〈現・北海道日本ハムファイターズ〉の東京ドームホームゲームも主として週末に放送し、関連番組も放送された)。 1967年に全日放送が再開された当初は、自社製作の中継とは別にフジテレビとの提携(裏送り放送)によってサンケイアトムズ(現・東京ヤクルトスワローズ)の明治神宮野球場での主催ゲームを実況中継し、同局から派遣されたアナウンサーや解説者を出演させていた事もあった。 その後、独立UHF局が東名阪の3大都市近郊に続々開局していくとフジテレビとの提携が解消される代わりに(東京12チャンネル末期は『戦国ナイター』というタイトルで放送された)、サンテレビの『サンテレビボックス席』、KBS京都の『KBS京都エキサイトナイター』、三重テレビの『三重テレビナイター』、岐阜放送の『岐阜テレビ ダイナミックナイター』を同時ネットワークして読売ジャイアンツ以外の関東の球団が絡んだ試合も放送する様になる。 1979年の西武ライオンズ誕生時は主催ゲームを何試合か中継していたが、2006年9月18日に22年ぶりに西武主催ゲーム(vs福岡ソフトバンクホークス)を放送した。この試合フィルムを手土産にロッテオーナーの永田雅一と面談し、日本シリーズの放送権を要求した。永田側はサッカーには興味がないが、折角直接来たのだから本来毎日新聞との関係ですべてTBSへ渡すつもりだった放送権のうち第3・4戦(NHK・TBSも放送)を割譲する事を確約した。これを知ったTBS側の妨害工作に遭うも、永田側の救済策で乗り切り、無事第3戦は東京12チャンネルをキー局として全国ネットで放送された(この事については、
なお、海外のプロレス中継はゴールデン枠で放送され好評となり、またサッカーワールドカップの試合も『三菱ダイヤモンド・サッカー』枠で1年間かけて放送され、結果として一挙三得を得た事となった。
この他、東京12チャンネル時代に放送された日本シリーズの中継には、1974年のロッテvs中日第5戦がある。
2003年にプロ野球日本シリーズ・福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)vs阪神タイガースの第7戦の放映権を系列局のTVQ九州放送が獲得した。これは、同局が南海ホークスの福岡移転以来同チームの試合中継回数が最も多い局であった事に加え、 先にどちらかが4勝すれば日本一が決まるため放送できる可能性は低かったが、戦いがもつれて第7戦(最終戦)にまで突入したので、テレビ東京では29年ぶりとなる日本シリーズ中継が実現した。しかし、同時ネット局が少なく、エリア内に系列局があっても送信所や中継局がないために見られなかった視聴者が多い事から、NHK衛星放送でなく地上波民放テレビで見たいという、或いは衛星放送を受信できる環境でない視聴者からは「地上波テレビで生放送が見られない」、或いは「全国放送が出来なければ放送するな!!」という脅迫めいた苦情が殺到してしまった。また、近畿地方ではテレビ大阪の他に本来テレビ東京の番組をネットしていないサンテレビとKBS京都でも同時中継が行われた。
翌2004年には、日本シリーズ進出を賭けたパ・リーグプレーオフ第2ステージ最終戦(福岡ダイエーホークスVS西武ライオンズ)の放映権を再度TVQが獲得し、実際に放送されたため、同様の苦情が出た。
2005年の同じくプレーオフ・ソフトバンクvs千葉ロッテの試合に関しては、それまでの第3戦まで地上波での全国放送がなかったため、BSやCSを視聴できないファンから首都圏での地上波中継が行われる事を歓迎する意見が多かった。しかしその反面、地元TVQの制作ではなくテレビ東京での制作(TVQは制作協力のみ)であった事から、日頃ソフトバンクびいきの中継を見ている九州地方の視聴者には、千葉ロッテに偏った中継である様に見えた事や、CMが多いなどといった苦情もあった。なお、TXNで放送された第4・5戦はBSデジタル放送局のBS-JAPANでも同時放送されており、事実上第4・5戦は全国中継ができた。ただ、系列局があるのに送信所や中継局がないため、見られなかった地域からの苦情があった事はいうまでもない。だが、パ・リーグで千葉ロッテが優勝した事に伴い日本シリーズの千葉ロッテ主催ゲームのうち第2・7戦の中継をする事が確定した。TXNで日本シリーズが2戦以上放送されるのは史上初めてだったが、千葉ロッテが4連勝を飾って日本一を決めたため第5戦以後の開催が消滅され、中継も第2戦の1試合のみに留まった。なお、セ・リーグは阪神タイガースが優勝しているため、2003年と同様に通常はテレビ東京の番組を同時ネットをしなかったり、時差ネットの番組が多い兵庫・京都・三重の独立UHF局でも同時生中継した。なお、今回もやはり系列局があるのに送信所や中継局がないため、視聴できなかった地域からの苦情が出た事はいうまでもない。
2003年と2005年の日本シリーズ中継は共にBS-JAPANはデジタルBSの普及が充分でない事などを理由に中継は行わず、共にNHK-BS1とNHK-BShiで生中継された。
2003年・2005年・2007年の日本シリーズ最終戦はテレビ東京が中継したが、何れも同時間帯民放視聴率トップとなっている(ダイエーが阪神を破った試合では視聴率30%台を突破している)。
関係記事:プロ野球中継2005年からプロ野球に交流試合が導入された事に伴い、巨人戦のプロ野球公式戦中継を1976年8月29日に放送したvsヤクルト戦(明治神宮野球場)以来29年ぶりに放送した(BSジャパンでは試合開始から放送)。放送された巨人戦中継は何れもパ・リーグとの交流試合である。なお、以前にも鹿児島県立鴨池野球場と千葉マリンスタジアムで行われたvs千葉ロッテ戦を始めとして、巨人戦のオープン戦中継を実施した事例が多数ある。 さらに、2006年シーズンからは巨人の主催試合の実況中継にも参入し、2007年には神宮球場での東京ヤクルトスワローズ戦も放送している。
かつて、日本で初めてワールドカップを放送し、Jリーグがブームになる以前から実業団サッカーの中継を多く行うなど、サッカーに注力するテレビ局としても知られる。また、最近では人気声優をワールドカップのキャスターやイメージキャラクターとして若干名を出演させるなど、他局とは一線を画すイメージとなって来ている。
サッカーとの縁は、三菱グループ提供の『三菱ダイヤモンド・サッカー』の放送開始が嚆矢である。まだマイナースポーツだったサッカーの魅力を紹介したこの番組の企画は、スポンサーサイドの三菱グループの篠島秀雄(当時三菱化成社長、日本サッカー協会副会長、東京12チャンネル番組審議委員)が提案したものだったと言われる。[21]この提案を受けて、三菱商事の諸橋晋六(当時同社ロンドン支店長、後に同社社長・会長)が試合のフィルムを買い付け、放送に利用した。
1970年、プロ野球日本シリーズ中継の項で先述した通り、成り行きではあるがワールドカップの試合フィルムとその放映権を獲得した。1974年7月にはワールドカップ決勝戦の生放送を深夜枠ながら生中継した。いずれも日本初である。なお、この決勝戦の裏でNHKと民放各局は参議院選挙の開票速報を放送していた。
2003年8月5日には、FC東京とスペインの強豪レアル・マドリード戦を放送した。この試合の放送権は当初TBSが獲得したが、結局テレビ東京へ放送権を譲渡した。[要出典]しかし、譲渡後にデビッド・ベッカムがレアル・マドリードへ移籍したため一躍注目のカードとなり、16.9%の視聴率を獲得して、
